NICOLA配列キーボード
 日本工業規格(JIS)化要望書

平成8年10月 日本語入力コンソーシアム

1.日本文を日本語で入力するキーボードのJIS化は緊急課題

 現在、わが国のほとんどのワープロ・パソコンはJIS配列キーボードを搭載してい る。しかもユーザーの多くが、かな入力ではなく英字配列でローマ字入力を行うという 不自然な方式をとっているのが実状である。すでにJIS配列キーボードは、日本文を 日本語で入力する手だてとして、本来の使命を失ったと言っても過言ではない。  ワープロ・パソコンが一般家庭にも浸透し,一人一台の時代を迎えた現在もなお、日 本語を効率よく入力できるキーボードがないのは、今後のわが国における情報機器活用 に、大きな影をなげかけるものである。21世紀に向けて、ネットワークインフラの整 備による情報通信時代を迎えるに当たり、重要なインターフェイスであるキーボードに おいて、この事実は由々しき問題と言わなければならない。  いっぽう、NICOLA配列キーボードは、スムーズな日本語入力を実現するため、 科学的根拠に基づいて考案されたキーボードであり、多くのユーザーの高い評価と支持 を得ている。  以上の理由から、NICOLA配列キーボードのJIS化を提唱する。

2.日本語入力の現状と問題点

(1)ローマ字入力の問題点

 いま、わが国でもっとも普及している日本語入力方式はローマ字入力である。しかし、 ローマ字による日本語入力には以下の点で問題が残る。

1 教育的視点
 現在、学校教育では、小学校4年生からローマ字教育が行われる。しかし、低学年 からパソコン等に接触する機会がますます多くなるにつれて、入力装置は、教育的な 観点からも真剣に検討されなければならない。 わが国で用いられているローマ字の表記には、訓令式、ヘボン式などがあり、教育 現場と社会での表記が必ずしも一致していない点や、もともとローマ字表記はひらが なのみを対象とし、カタカナ語の表記についての標準が存在していないため、基準が メーカーによってまちまちである点など問題が多い。 さらに、英語では「KEYBOARD」であるのに対し、ローマ字入力では「ki-bo-do」と なるなど、本来の単語のつづりと一致していない点も見逃せない。その結果、児童・ 生徒に余分な負担と混乱を招くことになる。 もちろん、この点はキーボードを利用するすべての人にとって共通の問題であるこ とは言うまでもない。

【表1 ローマ字およびローマ字入力比較】
  ローマ字(訓令) ローマ字入力例 参考:英語
プリンター purinta purinta- printer
ディスプレイ dixisupurei display
田園(でんえん) den'en dennen
続き(つづき) tuzuki tuduki
o wo

2 身体的負担からの課題
 仮名入力に比べて、圧倒的に打鍵数が多く、使用者の身体的負担に委ねられている。 打鍵数が多いことは、とくに指の負担が極端に増大し、長時間の入力では疲労度も 比例して増すことになる。これは、VDTにおける視力への影響と同様、人間工学 的にも重要な課題である。

【表2 打鍵数と内訳(変換・無変換は除く)】
  NICOLA JIS ローマ字
総打鍵数     3,735 4,110 6,474
比率(NICOAL=1) 1.0 1.1 1.7
*天声人語4日分(3,735文字)


3 日本人(人間)の思考と入力のズレ
 日本語の文章を自然な日本語で入力する点では、ローマ字入力は“翻訳”という手 続きを経ており、使用者の思考に負担をかけている。また、習慣化するまでに時間が かかり使用者の思考を中断する。


(2)JISかな入力の問題点

 ワープロ・パソコンの多くがJIS配列キーボードを採用しているが、かなの配列が 日本語の入力には不向きである。一部のユーザーがかな入力を行っているが、かな入力 は減少しつつある。

1 タッチメソッドによる入力が困難
 JIS配列キーボードは、かな配列が4段、かなキー数は47個と、NICOLA 配列キーボードの3段30キー、新JIS配列キーボードの3段32キーに比べてい ずれも多く、タッチメソッド(キーボードを見ないで打鍵する)には不向きである。

2 各指の負担が未整理
 JIS配列キーボードでは、各指の負担への配慮が乏しく特に不器用な小指への負 担が多い。また、シフトの切替えも多く、同時打鍵ではないため操作に時間がかかる。
【図1 各指の使用負担率比較】
3 その他
 新JIS配列キーボード(JIS X 6004)の解説にも、JIS配列キーボード(JIS X 6001) は、日本文入力にそぐわないという日本工業標準調査会審議の記述が見られる。
「タッチ打法による操作が英文タイプに比べて著しく困難なこと、タッチ打法によ って操作すると、小指の使用頻度が著しく高くなるなどの欠点があって、日本語の 入力用として使用することは必ずしも適当ではない。仮名を含むけん盤は、仮名漢 字変換形の日本文入力装置のけん盤として今後広く使用されるものであり、その操 作性の良否は、我が国における文書作成業務の生産性に大きな影響を与える」  

3.NICOLA配列キーボード

 NICOLA配列キーボード(その母体である親指シフトキーボードを含む)は、日 本人が日本語の文章を入力するために独自に開発された。

(1)特徴

1 身体的特徴を考慮したシフト操作
 JIS配列キーボードの欠点のひとつである4段配列を改め、3段配列を実現する ためには、1キーに2文字を割り当てる必要が出てくる。そこで、最も負担の少ない シフト操作方法を検討するため、複数指同時打鍵ができるカナ用キーボードを試作し、 実験を行った。  その結果、親指と他の指との組み合わせ以外の動作は不自然であることが確認され、 物を握る動作をシフト操作に応用した「NICOLA配列(親指シフト)キーボード」 が開発されるに至った。  また、親指を利用した同時打鍵の実現により、打鍵数を大幅に削減することを可能 とした。

2 かなの使用頻度に基づいた配列
 かな漢字変換方式の日本語キーボードでは、かなの入力方式がマンマシンインター フェイスの重要なポイントになる。NICOLA配列キーボードの原型となった親指 シフトキーボードは、国立国語研究所「電子計算機による新聞の語彙調査」(秀英出 版)から熟語漢字3,271語を抽出、また、雑誌「言語生活」(築摩書房)収載の 「録音機」より話し言葉約15,000語を抽出して、かなの出現頻度を調査し、配 列の決定に使用した。(1978年度 情報処理学会第19会全国大会論文より) なお、配列の決定に当たっては以下の点を考慮した。
・各指の負担を、大きい順に人差指・中指・薬指・小指とする。
・ホームポジョンの使用率を最も高く、次いで移動が容易な上段、最後に下段の順とする。
・可能な限り同じ指を連続して使用しないようにする。

【表3 入力実験結果(2段目=ホームホジション)】
  各段負担率 異指率 異手率
1段目 2段目 3段目 4段目
NICOLA データ1 10.5% 51.7% 34.5% 3.3% 91.0% 56.1%
データ2 12.1% 51.8% 34.1% 2.0% 91.8% 57.4%
JISかな データ1 23.5% 25.2% 38.2% 13.1% 87.6% 51.8%
データ2 23.3% 22.9% 40.2% 13.6% 89.0% 56.1%
ローマ字 データ1 18.9% 31.2% 48.8% 1.1% 87.7% 48.2%
データ2 17.4% 29.4% 52.2% 1.2% 86.5% 46.9%

3 その他の優位点
 さらに、JIS配列キーボードにない特徴として、濁点/半濁点の1打鍵による入 力、および、かな入力モードでの数字入力が挙げられる。
【図2 NICOLA配列キーボード】

(2)NICOLAキーボードによる入力速度

 NICOLA配列キーボードは、前述のように優れた特徴を持った使いやすいキーボ ードである。その結果、入力速度の点でも他のキーボードを凌ぐ結果を生んでいる。

1 練習時間別入力測定調査(1983年)
 日本能率協会総合研究所の独自の調査では、ワープロ未経験者10人に、それぞれ、 JISかな・ローマ字・NICOLA配列キーボード(親指シフトキーボード)での 入力練習を積ませた上で入力スピードを測定した結果、NICOLA配列キーボード を使った場合が最も習熟が早く、また多くの文字を入力できた。

【図3 習熟度比較】

2 標準時間法による入力方式別速度比較実験
 日本能率協会による標準時間法に基づいた入力速度の比較を行ったが、やはり同様 の結果を得た。

【表4 入力速度比較】
NICOLA 83字/分(100)
JISかな 72字/分(87)
ローマ字 51字/分(62)

(3)NICOLA配列キーボードの実績

1 ワープロコンテスト
 1983年から4年続けて行われた日本オフィスオートメーション協会と日本能率 協会共催によるワープロコンテストでは、4年連続で金賞を独占、また銀賞、銅賞も 過半数を占めた。このコンテストは、入力スピードと入力の正確さを競うものであっ た。なお、第5回からはワープロ作品コンテストに改められ、現在に至っている。

2 市場シェア
 シェア動向調査(日経100品目調査)では、1981年に首位となり、NICO LA配列キーボード(親指シフトキーボード)がワープロユーザー間に定着した。こ れはキーボード未経験ユーザーにも、その操作性が認知されたことによる。 ただし、ワープロ・パソコンなど低価格化に伴い、量販店による店頭販売が拡大し た時期からシェアが低下している。これは、販売員とユーザーの「JISは標準であ る」という認識が大いに影響している。また、企業、学校でも、標準規格尊重の機運 が高まったことが理由として挙げられる。 しかし、ワープロ・パソコンを業務の中心として利用する方には、依然NICOL A配列キーボードは高い評価を得ておりシェアも高い。これはNICOLA配列キー ボードの高効率性・快速性を如実に示すものである。 日本電子工業振興協会の「日本語入力方式技術に関する調査研究報告書」によると 速記者ではNICOLA配列キーボードが多いのに対し、学生ではJIS配列キーボ ードの使用者が圧倒的である。これも、学校、販売店などでのJIS尊重の風潮によ るもので、学生に選択の余地がないことを示している。
【図4 使用中のキーボード】

(4)論文、出版物に登場したNICOLA配列キーボードの評価

 倉田直臣氏(大阪外国語大学教授=当時)は、1982年12月号の国文学に掲載し た『ワードプロセッサは日本語を変えるか』という論文の中で「入力の基本であるキー 配列を、コンピュータによる使用頻度の分析研究によって、理想的なものに磨き上げ、 英文タイプと同じキー数で、すべてのカナ、句読点、記号が、談話のスピードでできる ようにしたのである。この際に、使用頻度という点ではあまり科学的根拠のない五十音 順やJIS配列を、きれいさっぱり捨てたF社の判断は、日本語の歴史に残すべき偉業 であると言えよう」とNICOLA配列キーボード(親指シフトキーボード)を高く評 価している。 さらに、『OA多面体』(安達寛著)、『考える道具』(古瀬幸広著)など、多数の 書籍や雑誌などの出版物でも、同様の評価を得ている。
 また、医師の日覚俊輔氏(倉敷市在住、倉敷中央病院名誉院長・56歳)は、以下の ような持論を寄せている。
・親指を中に曲げて残りの4本の指だけを使うことは大変不便である。人類が文明を作 ったのは親指で物を握ることから始まった事が再認識できる。
親指はタフであり、酷使しても腱鞘炎等になることは少ない。
・幼児期からコンピュータに触れる時代になったが、その子供達の頭脳にはローマ 字などの認識はない。ローマ字を学ぶのは小学校3〜4年からで、言葉の学習の 観点からも不自然な教育の一環である。
・我々がワープロ・パソコンを使う場合、文字を図形と認識して入力している。
それを大脳で「こんな」を「KONNA」と翻訳して入力する事は大脳機能の低 下を招き、本来の自由な知的活動を低下させ、創造的な仕事を少なくする。
 この他にも、俵 万智氏(歌人)、神津義行氏(音楽家)、津田弥生氏(速記者)な ど、NICOLA配列キーボード支持者は数多く、根強い。

4.日本語入力コンソーシアム

(1)設立の経緯

 日本語入力コンソーシアムは1989年4月に設立された。設立時の会員社は、ア スキー、インターフェイス、内田洋行、ソニー、PFU、富士通、松下電器産業の7 社。その後、三洋電機、アルプス電機(*)、アップルコンピュータ(株)、キヤノン(*)、 日本IBMが加わった。(*現在は退会)

(2)活動目的

 コンピュータの日本語入力を見直し、使いやすくて能率のよい、次世代を担うべき 日本語入力システムを開発することを目的としている。

(3)各部会での活動

 ・規格委員会:より使いやすい日本語入力のための規格を討議し、標準化する委員会
 ・運営委員会:活動内容や成果をPRし、啓蒙活動を行う委員会
 ・事務局:上記の委員会を運営するための事務局
  以上のような組織で活動を続けている。

5.NICOLA配列キーボードの開発

 日本語入力コンソーシアムでは、日本語入力システムに関して、さまざまな議論を重 ねてきた。とくに、パソコンの普及、ネットワーク通信という新しいメディアの登場か ら、キーボード操作の負担を軽減するキーボードのあり方について議論し、その議論の なかから、新しい規格の条件を定義した。
┌─────────────────────────────────────┐
|・親指シフト文化の本質を維持した使いやすいものであること         |
|・コンピュータ用のギーボードとして必要かつ十分な機能を持つこと      |
|・ひらがな、カタカナ、英数字など日本語の文字のすべてが打ちやすいこと   |
|・国際的なキーボード規格と共存可能であること               |
|・バリエーションを許容する規格であること                 |
└─────────────────────────────────────┘
 この条件を満たすキーボードであれば、高度情報化社会に生きる日本人の筆記用具と しての使用に耐えうるものになるはずである。

6.商品化されたNICOLA配列キーボード

 現在、NICOLA配列キーボードは、以下の各社によってサポートされている。 ・Dboard sono1:PC-98対応((株)デジタルウェイブ) ・Rboard:Macintosh対応(リュウド(株)) ・NICILAキーボード:FMV/FMR/TOWNS/OASYSなど富士通製品にサポート(富士通(株))  さらに、日本語入力コンソーシアムは、日本語入力のあり方、さらにはアクセシビリ ティーなどにも真剣に取り組み、議論を及ぼそうとしている。
以上

参考資料

・JIS・情報処理系けん盤配列(日本規格協会)
・JIS・仮名漢字変換形日本文入力装置用けん盤配列(日本規格協会)
・公用文の書き表し方の基準(文化庁)
・日本語入力コンソーシアム設立について(業界7社)
・日本語入力コンソーシアムの紹介(日本語入力コンソーシアム)
・親指シフトキーボード開発の経緯(日本語入力コンソーシアム)
・NICOLA配列規格書(日本語入力コンソーシアム)
・日本語入力方式に関する調査報告書(日本電子工業振興協会)
・標準時間法による入力方式別スピード比較(日本語文書処理)
・どの入力方式を選ぶべきか(日本オフィスオートメーション協会)
・リーチ&ストロークモデルによる入力スピード比較(日本能率協会他)
・「第1回〜第4回ワープロコンテスト」開催結果
 (日本オフィスオートメーション協会)
・人間にふさわしい かな入力方式の考察(情報処理学会53)
・親指シフトキーボード(情報処理学会54)
・コンピュータ(神田泰典・NHKブックス)
 (文章作成における思考のループ回路/親指シフト開発の経緯/ローマ字入力)
・「ニコラ」の挑戦(山本悠介・総合科学出版)
・OA多面体(安達 寛・東洋経済)
・考える道具(古瀬幸広・青葉出版)
・ワープロが社会を変える(田中良太)
・ワープロ徹底操縦法(木村 泉・岩波書店)
・ワープロ徹底入門(木村 泉・岩波書店)
・私のワープロ考(安原 顕・メタローグ)
・富士通のOA戦略(工藤秀幸・青葉出版)
・日本電装(日本オフィスオートメーション協会・日本能率協会)
・ローマ字かJISかな配列か 寂しい日本語入力の現実(日経バイト)
・キーボード日米事情(日経パソコン)
・ワープロらくらく速習法
・OASYSを科学する(富士通)
・NICOLAキーボードの挑戦(蛯原 均・トランジスタ技術)
・富士通ジャーナル・OASYS特集号(130/151/180/201号)
・週刊宝石(1996年7月25日号)
・その他:特選街・ワープロ大百科等